オレンジの花についての断片的なメモ

 オレンジの花の香り。わたしを何度も何度も惹きつけてやまない香り。

 

 2008年に初めてイランへ渡航した際に滞在したのは南西部の町シーラーズだった。受け入れ先大学のゲスト用宿舎には中庭があり、オレンジの樹がたくさん植えられていた。樹には花がついていた。2月半ばからのひと月の滞在のあいだ、その香りがずっとそばにあった。甘いような苦いような目眩すらしてきそうな芳香。日本では、少なくともわたしが住んだことのある街では嗅いだことのなかった初めて触れる香りだった。

 

In spring Shiraz is taken over by the perfume of orange blossom. Spring in many parts of this country lives up to one's fantasy of an ideal spring.*1

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 留学中にお世話になったホストファミリー(ファミリーといっても夫婦二人だけなのだけど)はわたしが日本へ帰国して数年後、カスピ海沿岸の町へ移住した。テヘランから北に、ダマーヴァンド山を超えた先にあるその町は、テヘランに比べると雨がよく降り森林もあった。新居の庭にはオレンジをはじめたくさんの果樹が植えられていた。もともと果樹の手入れが趣味だったおじいちゃんにとって楽園のような庭だった。初めて遊びに行った時は自慢げに見せて回ってくれた。そのとき、おばあちゃんがお土産にと持たせて帰らせてくれたのが乾燥したオレンジの花だった。テヘランでは目にしたことがなかった。チャイと一緒に入れて蒸らすとほのかに香りがつく。ある種のブレンドティーと言えるかもしれないけれど、こちらはとてもシンプルだ。

 

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 そのさらに数年後、今度はイタリアへ遊びに行ったときのことだ。留学中に知り合ったイタリア人の友人の家に滞在したとき、またこの乾燥したオレンジの花を見つけた。知り合いがイランから持ち帰ったとのことだった。別れ際にいくらか分けてくれた。こうしてイランからイタリアを経由したオレンジの花が日本の我が家にやってきた。同じ食文化への興味を持っている友人と仲良くなれたことをあらためてうれしく思った。

 

 ある年、友人に招かれてラシュトにある別荘へ遊びに行った。ホストファミリーの新居からは州をまたぐが車で1時間の距離でカスピ海も近い。彼女の家族も花と樹々を愛していた。この国の人は花も果実も上手に食べるなあと何度も思う。ある日はチャイに薔薇の花びらを加えて出してくれた。別の日には、そうオレンジの花が入っていた。それも乾燥したものではなく、摘んだばかりの花を冷凍保存したものだった。乾燥したものよりさらに香りが強く出る。朝食には同じ花を煮たジャムも食べさせてくれた。そしてお母さんがお土産にと持たせてくれた。

 

 こうした思い出が重なって、オレンジの花とその香りはわたしにとって決してイランから切り離すことのできないものになった。

 

 カカオサンパカのタブレット、フロールデアサール。オレンジの花の香りが付いている。チョコレートとオレンジは大好きな組み合わせ。

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 イタリアの蜂蜜でオレンジの花のものをたまに見かけると買ってしまう。叶うのならイランのナンと一緒に食べられたらなあ。

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 自室のキャンドルも。フレグランスも色々なブランドから出ているけれど、わたしが気になるのはラルチザンパフュームのもの。限定品として出ていた時に買い損ねたものの、定番品になったよう。これを嗅ぐとシーラーズの青空が目の前に広がるような心地がする。いつか買いたいフレグランス。

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 ちなみにここで言うオレンジはいわゆる橙やビターオレンジのことで、ペルシア語だとنارنجナーレンジュ、本当のオレンジはپرتقالポルトガールと言う。

*1:Gohar Homayounpour(2012). Doing Psychoanalysis in Tehran