イラン暦1404年デイ月の記録
デイ月は思い入れのある月。季節の秘密を知っていて、瞬間の言葉が分かって、救世主は土の中で眠っている…*1
クリスマス
贈りあったクリスマスカードがかわいかったので見てほしい。

去年に続いて今年もフランス菓子屋さんへ。デリカテッセンコーナーでクリスマスパーティー用のお惣菜を調達。

おやつ用にケーキも買っていた。


ガトーショコラだけ焼いて、あとは買ってきたものでパーティーとする。飲み物は気に入っているポールジローのノンアルコールスパークリング。



帰省
今年の帰省はとくべつ辛い時間が多かった。父も一緒に過ごせたのはうれしかったけれど、自分の普段の生活とあまりにかけ離れたことが起こるので疲れて消耗してしまった。
近江町市場での買い出しのついでにぼてぢゅうへ。おせち料理は、伊達巻、田作り、筑前煮、黒豆を担当した。ある年、芋きんとんの芋漉しを手伝ってから、なんとなく毎年やることになってしまった夫は、今年は絶対にやらないと初めは言っていたのに、芋を漉したらヨックモックを買ってもらえるかもしれないと言い出して力強く芋を漉していた。ありがとう。ヨックモック買いました。

家族みんなが愛してやまない町のパン屋は年末年始休業なので、夫と二人でミスドモーニングに出かけた。地元の飲食店は清潔なところが多い気がする。ここのミスドもいつ来てもきれい。東京は安めのお店やチェーン店は(スタバみたいな値段のするところでさえ)衛生の点で厳しいものがある。

川沿いにある、好きなカフェの年始営業でスコーンを買い込んだ。

これは好きだったお正月飾り3選。風で飛ばされた松の枝を拾って水引を付けてお正月飾りとする、ということをやってみたい。




わたしたちの秘密基地でワッフルを食べた。

また別の好きなカフェではたまたま姉一家と出くわして、甥っ子たちとは初めて一緒にお茶をする機会を得られたのでうれしく楽しかった。甥っ子たちはいつもかわいく、おもしろ発言を聞かせてくれる。

新幹線から、一瞬だけ見える小規模な工場地域。

お餅の会
帰省で持ち帰ったお餅を友人と食べる会。買ったばかりのカセットコンロを使ったけど、焼き加減が分からずちょっと固かったかもしれない。ごめんよ。お餅に何を合わせようか悩んで、りんごとカブのスライスサラダとけんちん汁を作った。初めて作るけんちん汁、われながらとてもおいしくできて、豚汁の他の汁物レパートリーになりそう。昆布と干し椎茸を一晩水に浸けるだけの出汁も簡単で良かった。友人が持ってきてくれたうぐいすきなこ、普段食べる機会があまりないのでうれしい。友人との会話で、YIMBY/NIMBYという言葉・運動について教えてもらった。忌避する施設という意味ではそれとは異なる話だけれど、わたしはアメリカの郊外の住宅街のような、その中には商業施設が存在しないような街の作り方にどちらかというと惹かれている。住宅だけの町を維持して暮らすには車が必要だし、運転できない人のための移動販売や宅配なども欠かせないけれど、東京の街中に住むのは、あまりにごちゃついていて頭が疲れてしまうと思うから。と、友人が帰ったあとに会話を思い出しながら一人で飛躍したことを考えていた。この日、ぺっちゃんは珍しく姿をよく見せていて、鳴いたり遊んでもらったりしていた。


お出かけいろいろ
寒さに負けずにピクニック。ブランケットや厚手の上着などを持参して枯れて茶けた原っぱに寝転がった。風があまり吹かない日で耐えられる寒さだった。

年明けの東京ではまず好きな蕎麦屋へ。お蕎麦も食べるのについ頼んでしまう舞茸ごはんが本当においしい。夫が好きな蕎麦屋とわたしが好きな蕎麦屋がそれぞれあって、こちらは後者。



携帯電話とPCを買い替えるぞと意気込んで丸の内へ。ついでにVironでお茶をした。ほかほかのチョコレートソースってなんでこんなに幸せな気持ちになるんだろう、のプロフィットロール。夫が求めるPCはネットからの注文になるらしく、この日は何も買わないで帰宅。

自炊やお菓子
地味を極めるお盆ごはん。


学生の頃、コロッケが得意料理ということにしていた。久しぶりに作るとやっぱりおいしい。

きのね堂のクッキーや、クリスマスついでに買ったフランス菓子屋のパウンドケーキ。


金柑をジャムにしてスコーンと食べる。身をほじる作業が楽しい。



クリスマス前に買っていたパネットーネとパンドーロは年明けの朝ごはんにした。


端っこの耳が集まって大きくなっているタイプのクロワッサンも好き。

読んだもの
宮地尚子『傷のあわい』
『傷を愛せるか』が良かったのと、友人らが読んでいて話を聞いていたので買った一冊。こちらもおもしろく好きなフィクションだった。だったんだけれど、精神の不調を抱える人について、不調に至るまでの経緯(あるいは原因)や個人のストーリーがないと、他人にはその病が理解できないものなんだろうかという思いがずっと残っている。これはこの本を読む前から個人的にずっと考えていたことで、トラウマとなるような出来事があって、メンタルに不調を来すという流れは理解されやすいいっぽうで、突然発症する精神の病はなんだか怖いものとして忌避される傾向にある気がする(前者は「『こころの』病とか『メンタルクリニック』と紐づいて心に重きを置かれ、後者は『精神病』とか『精神科』で閉塞的でアンタッチャブルなものと捉えられている感じがする)。ストーリーがあれば納得できて同情できるということなのかもしれないが、自分にはそうやって扱いに差をつけることが理解できない。と買いたけれど、自分自身も精神障害を持つ方への偏見をどうなくせるか、基本的なことも分かっていないので、本を読んで知識をつけてからもっと話をしたい。
人生は選択の連続である。そして、選ぶということは捨てるということの裏返しにある。たとえその「選択」が不本意なものであったり、逆らいがたい運命として襲ってきたものであっても人は常に何かに別れを告げ、何かを選びとり、新しい出会いに心うち震わせるほかはないのだと思う。
サーデク・ヘダーヤト『盲目の梟』
文庫化して復刊した『盲目の梟』を再読。元の単行本は、10年以上前の時点ですでに入手困難で、カバーがぼろぼろなものをメルカリで確か5000円で買った記憶がある。冒頭の、あまりに有名で衝撃的な描写ばかりが記憶に残っていて、内容はほとんど忘れていたから、再読でも新鮮に面白かった。蓮とも朝顔とも訳される花の描写が気になったり、目玉を抉る描写にひえっとなったり、御者の江戸っ子調に訳されたセリフに笑ったりした。短編集なので表題作以外の話も面白いけれど、どの作品でもファムファタル的な女性の扱いに引っ掛かるものの、前月の読書会で(確か)女性の登場の仕方が注目されるけれどそこで立ち止まるのではなく、他の視点から読み解いてみてはどうだろうか、といった話をおぼろげながら聞いた気がして、そういった意味でも復刊を機に読み直すのは有益だと思った。復刊にあたって併録された旅行記もとても良くて、何度も行っているはずのエスファハーンにもまた訪ねたくなった。人の書いた旅行記を読んで旅に出るのが好きだ。
「旅に出るとは一種の死である」
人間がある町と別れを告げる時、思い出や感傷の一部、自らの存在の幾分かをそこに置いてくるのである。同時にその町の印象や思い出の一部を持ち帰るのである。いざ帰りなんとする今、私は何かを喪失したかのごとくに感ずる。あるいはこう言ってもよい。何かが自分の中から減じていくようである。それが何であるかは分からない。たぶん、我が存在の一片をかしこなる火殿に残してきたのである。
お洋服
買った服はすぐ着るわたし、セールで買ったかわいいベストを着て、上着もかわいかった日。


夫の手元もかわいい冬だったので見てください。






明日は土曜日だというのに、喉風邪を引いて鼻炎にも襲われている悲しい金曜の夜。またすぐに。
*1:フォルーグの「信じよう、寒い季節の訪れを」から