2021年1月2日

2021年1月2日 晴れ、東京

 

 年末年始は毎年実家に帰って掃除やお節作りをしていたし、毎年家族の誰かと誰かが喧嘩をして消耗していたし、雪の中初詣に行っていた。実家から東京に帰る頃には疲労困憊といったところで自宅に帰り着くとホッとしていた。

 今年は夫と二人で天気の良い東京に残っている。掃除もとうに終わっているし、お節はお雑煮と田作りくらいしか手作りしなかったし楽だった。楽すぎて、時間を持て余してしまう。何もしていないことにそわそわとして、これで良いのかと胃が痛んでしまった。これでいいはずなのだ。

 夫の地元も都内にあり、自宅からも遠くはないのでそちらへ行って公園で散歩してきた。小さな人気のない神社で初詣もした。その後空いていたカフェでお茶をして本屋へ寄って帰宅した。ただそれだけの出来事が楽しかった。夫も終始にこにことしていた。別に仲が悪いわけでもないのだが、義実家には特に寄らなかった。どの家庭にも独特の関係性がある。私たちは二人で生きていくのだろうと思う。

 元旦にお節を食べながら夫にどんな年にしたいかと訊かれた。大人になるにつれこの類の質問に即答できなくなる。たくさんのエクスキューズを付ければ、あるいは仕事のプレゼンだと思えば答えられるのかもしれない。馬鹿正直なのでそれも出来ない。やったって無粋でしょう。一日経ってからやっと答えた。自分の中のストレスや不安、衝動をうまくコントロールできるようになりたい、と。夫は心から同意してくれたようだった。

 自分を大事にするだとか自衛だとか、あるいはセルフケアだとか使い古された言い方はたくさんあるけれど、結局周りのことばかりを気にして気を揉んでしまう。ツイッターでだって誰かを傷つけるかもしれないツイートは出来ない。本当は嫌いなものは山ほどあるけどそれを好きな人のことを考えてしまう。本当に、揉むのは気じゃなくて猫の腹がいい。どうか周りを傷つけることなく過ごしたい。だけど自分を大切にした方がいい。うまくやりたい。やれるかな。どうぞご自愛ください、自分。