Khordad 1401

 イラン暦1401年ホルダード月10日

 

早起きしてベランダで紅茶を啜りながら読書をしたり、手洗いの洗濯を溜め込まずに済ませたり、部屋に風を通したり、そういう生活をきちんとやっている感が出ることをするとなんとなく気持ちがいいけど、きちんと生活しなくてもいいのではと思ってしまう自分がいる。敢えて自ら進んで不安や焦燥に駆られたいと思うことってありませんか。

 

此岸彼岸を右往左往

五月前半は連休を利用して二週間地元に滞在していた。地元のことは好きだし、両親のこともそれなりに大事に思ってはいるが、万事快調でもないわけで。帰省するたびに他人と付き合うことについて考え込んでしまう。そんな時に歩いて海へ行ける環境なのがこの土地の良いところだ。

去年も書いた気がする、春は毎年泉鏡花の『春昼・春昼後刻』の世界に入り込んでしまい、足が地につかない。あの世とこの世を偶然に行き来したり、夢の中で感応したり、焦がれ死ぬ思いをしたり。春の暖かな妖気狂気。ぼんやりとして、気がつくと浮き足立ってこの世を離れようとする。

帰省中は海へ森へ川へと足を伸ばし、日常から離れようとしていた。まさに此岸と彼岸を行ったり来たりしているような心地がしていた。健康的な書き方をすると新緑と花々の開花、夕焼けの水平線を見られてたいへん気持ちがよかったです。

 

・永遠の日没

仕事を終えて海へ向かってもまだ日没までに余裕がある。良い季節だ。

 

روز یا شب؟–

نه، ای دوست، غروبی ابدیست–

با عبور دو کبوتر در باد

چون دو تابوت سپید

،و صداهائی، از دور، از آن دشت غریب

بی ثبات و سرگردان همچون حرکت باد

سخنی باید گفت–

سخنی باید گفت

دل من میخواهد با ظلمت جفت شود

سخنی باید گفت

فروغ فرخزاد، در غروبی ابدی

―昼か夜か?

―いいえ、友よ、永遠の日没だ

風の中を二羽の鳩が通る

まるで二基の白い柩のような

そして声たち、遠くから、あの見知らぬ広野から、

不安定で彷徨っている、風の動きのように

―なにか言わなければ

なにか言わなければ

わたしの心は暗闇と結ばれようとしている

なにか言わなければ

フォルーグ・ファッロフザード「永遠の日没に」

 

金沢市 卯辰山

行ったことはあるはずなのに、全く思い出せない。金沢は広い街だけれど、街に山があるって良いよねと思い行ってきた。展望台では眼下に金沢の街並みとその向こうに日本海が見えた。まだ少し早かったけれど花菖蒲園というのがあり、その一面で菖蒲が咲く姿はさぞ圧巻だろうなと思った。

卯辰山健民公園は、広さの割に人が多くなくて良い場所だった。池に大きなアヒルがいたのもかわいかった。ただし、キャンプ場付近でスピーカーからヒーリングミュージックみたいなのが流れており、それはなしだと思った。自然の音で癒されたらいいではないか。

 

白山市 樹木公園と蕎麦

ドライブがてら蕎麦を食べに行くことにした。Googleマップで適当に見繕ったお店が人気店だったようで、着いたら二時間待ちと言われたので、先に樹木公園を散策した。こちらも見事な公園でした。わたしは樹木のファナティックなので色んな種類の樹々が見られて本当に良かった…。入口すぐは広々とした芝生、奥に行くと樹の種類ごとにいくつかのゾーンに分かれていて、一番奥、傾斜を登った先まで進むと自分以外誰もおらず、本当に彼岸かなと思うほどだった。木の葉から漏れる陽、鳥の囀り、風のさざめき、景色景観に心動かされるとき、ついついあの世がこんなだったらいいなと思う。下りは険しめの獣道を歩いたんだけど、物音がしたのでそちらを見ると蛇と目があった。あなた良いところに住んでるのね。

蕎麦屋さん、内装がプリミティブで(わたしたちが案内されたのは蔵を改装した席だった)良かった。民藝運動には詳しくないのだけど、富山県福光にある、棟方志功ゆかりの躅飛山・光徳寺を思い出した。*1 蕎麦も山菜の天ぷらもおいしかったです。

 

宝達志水町 宝達山

母の提案で登ってみた(車で)。山道のドライブは、大阪は北摂箕面の滝へ向かう道を思い出して懐かしかった。お昼ごはんにと持参した芝寿しの笹寿し、外で食べるごはんっておいしいよね。水平線と海岸線がそれはきれいに見渡せた。山道ではところどころに藤の花があって、藤棚しか見慣れていない町っ子には新鮮に感じられました。他の樹にも巻きついて花を咲かす野生の藤はとても猛々しい存在だ。

 

七尾市 和倉温泉

母が去年還暦を迎えた。なかなか家族集まってのお祝いを出来ないでいたのだけど、やっと少しは出かけられそうな状況になり、途中からやってきた夫も一緒に和倉温泉に一泊二日で滞在してお祝いをした。

宿に着く前に寄った赤蔵山の御手洗池。水の近くって不思議な心地になりませんか(少しだけかじった民俗学の影響)。子供の時分から、あの世かこの世か区別のつかない、ぼやけたイマジナリーワールドに夢を見がちなのだけど、イソップ寓話とか河童の民話を思い出しては目に見えるものだけが真実でもないよね…と想像を膨らませることをやめられない。

さて温泉はというと、和倉温泉は七尾湾の目の前に建つ宿が多くて、わたしたちが泊まったのもその一つ。部屋からはやさしく揺れる波が見られて、夜に入った露天風呂では、静かな雨の音を聞きながら、海も対岸も灯りがないので一つになった真っ暗闇を見つめていた。平日で宿泊客が多くないのもあって、浴場はほとんど独り占め、お部屋で食べたおいしい食事にふかふかの布団で寝られて気持ちがよかった。夜来の雨は朝には霧のように見えて、海の隣で迎える朝としては最高な景色を見られたように思う。

空と海がほとんど同じ色をしていて、常世の国の存在も信じられそう

 

ニセアカシアの開花

この時期に帰省するのはかなり久しぶりで、地元にたくさん植えられているニセアカシアの開花が見られるのではないかと期待していた。近所にちょうどニセアカシアの樹がある広場があり、仕事の休憩時間や休日の朝に、時間を見つけては様子を見に行った。最初は麦の穂のような形をしていた緑の蕾は、だんだんと白くなり帰京するほんの直前についに花を開いた。あぁ、確かにこれは子供の頃に嗅いでいた香りだ。他にもたくさん植えられているスポットを両親と散歩しては、他の花の名前について話したりもした。母が子供の頃は今住宅地になっている地区も砂浜で、そこいらにニセアカシアが生えていたらしい。潟を挟んだ向こうの町から見る我が町は、この季節にはニセアカシアの花で白く見えたと言われていたとのこと。そんな話がTwitterなどでバズらずに口承されていくと良いなぁと思った。

 

他にも特有の土地に咲くハマダイコンの花に心を揺さぶられたり、栃や桐の花に関心を抱いたりした。小学生の頃、ツツジの花の蜜を吸っていた公園では、今も変わらずツツジが立派に咲いていた。

 

食べたもの

・地元編

新竪町 MONET sandwicherie artisanaleのデリプレート

母に付き合ってもらい気になっていたMONETへ。少し時間はかかるけどとても丁寧に作っている様子だった。プレートに乗ったもの全部おいしかった…。サンドウィッチだけじゃなくお惣菜もデザートも色んな種類があったので通わなくちゃいけない。同じ商店街の別のお店の人がサンドウィッチをテイクアウトして行って、仕事環境としては最高ですよねと思った。向かいの八百屋さんも楽しくて、自家製のカレーが気になった。良いなぁ、新竪町。あとぺソアの名を冠したコーヒースタンドも出来ていた。

 

せせらぎ通り DUMBOのコーヒータイムケーキ

ブルーベリーとクランブルが入ったケーキをテイクアウトして、犀川河川敷で食べることにした。これは今読んでいる鏡花の短篇集。少しメソメソしていた時期だったのだけど、ケーキのおいしさに救われる思いがした。と思っていたら最後の三口分を鳶に掻っ攫われた。ちなみにこの日は新竪町〜せせらぎ通り〜犀川〜広坂〜中央公園〜近江町市場〜金沢駅と10km以上歩いた。メソメソしていると頭をすっきりさせたくて歩いたりする。

 

某お鮨屋さん

夫と気に入って通いはじめたお店。大将が魚介オタクっぽく次々にネタを紹介してくれて楽しい。そして、なんと娘さんも並んで握っている。女性の寿司職人って格好いいでしょう。勝手に応援している。この日は特に白身の魚が多くて次から次へと頼んでしまった。娘さんと「東京は白身あまり食べないですよね、鯛とか平目くらいでしょう」という話をした。ここで食べたネタを書き連ねてもいいですか。

サヨリ、赤イカ、ガス海老、梅貝、鯵、鰹、なめら(キジハタじゃなくマハタの方!)、石鯛、ホウボウ、アラ、鬼海老、のど黒、玉子

もちろん東京とは比べものにならないくらいお安い。

卵と甘海老のすり身だけで作る玉子。尊いフォルム…。

 

玉川公園向かい Townsfolk Coffee

二人ともココアを飲んだ。珈琲屋さんのココアは濃厚なものが多いけど、こちらは比較的飲みやすくておいしかった。向かいに公園がある立地が良いですね。公園内にある玉川図書館はガラス張りで建物からして端正。駅も近江町市場も街中も歩いていけるし、この図書館やせせらぎ通り、長町武家屋敷も近くにあって、このエリアに住めたら生活が充実するだろうな。

 

FILFIL cacao factory by FIL D'OR 加賀棒茶チョコ

以前テイスティングセットを買ったFILFILで、加賀棒茶フレーバーのチョコが限定で出ているのを見かけてお土産に買った。棒茶の香ばしいフレーバーもさることながら、トッピングされた蕎麦の実、ヨモギ、上溝桜の実がアクセントになっていて、初めて食べる味だった。これはおいしい、好きな味だ。

 

・東京編

池袋 Teishoku 美松でいつもの

通院の日に寄りがち、そして本屋へも寄って本を買いがち。

善良市民の昼食ことおむすびセット

 

青山 buikのガトーバスク

ガトーバスクが大好き。千駄ヶ谷でお誕生日プレゼントを見てここまで歩いた。歩いたからには待ってでもイートインする。近くの席のカップルが善男善女という感じでスマートなお付き合いをしているっぽく、見ていてクラクラしてしまった。わたしはスマートな人よりも不器用な人が好きです。

 

植物園デート

直近の週末、たまたま二日間とも植物園へ出かけた。

土曜日は東京都立薬用植物園。何種類かのケシの花が見られる。数年前に黒い斑点のある深紅のケシの花が見たくて初めて訪れた。今年もぎりぎり間に合った模様。大学院時代、花や草木のことを調べていたのです。ケシの花はねぇ、ペルシア語文学の世界では特別なのでね。

他の花や植物も面白かった。夫がオミナエシを見つけて「オミ!ナエシ」と喜んでいた(普段オミと呼ばれているので)。帰路、阿佐ヶ谷を通ってシンチェリータに寄った。『A子さんの恋人』関連のイラストが飾られており、あらすじを調べたら面白そうだったので読もうかなと思っている。

この植物はなんという名前だったろうか

日曜日は小石川植物園へ。夫がかねてより行きたがっていた播磨坂の中勢以で食事した後に。精肉店併設のお店で、コースが始まる前に血統書(というより家系図のようなもの)を渡され、曾祖父母まで一頭一頭の名前が記載されておりなんとも言えない気持ちになった。単純に人に置き換えて考えるものではないけれど、動物を食すことを真剣に考える日があってもいい。話が逸れた。植物園は思っていたよりもかなり広大で、野生のままにされているように見えて楽しかった。

特にスズカケの大木が見られて感動した。テヘランで住んでいた家は二ヤーヴァラーン宮殿の近くで、宮殿の敷地内にはスズカケがたくさん植えられていた。通っていた学校がある通りも、街路樹としてスズカケの並木がずっと続いていた。わたしにとってはテヘランの思い出の樹。樹の肌が白っぽくて斑点のようになっているのも良い。高い場所にある枝を見上げながら、熱に浮かされたように「テヘランだ…テヘラン…」と呟いた。

 

聴いたもの/読んでいるもの/観たいもの

Joni Mitchell "BLUE"

それまで"A Case of You"がいちばん好きだったのだけど、何度も聴いているうちにアルバムタイトル曲の"Blue"が好きになった。Songs are like tattoosってね、印象的じゃないですか。最後の歌詞も良いのです。悩んでいた日に何度も何度も、他人から引かれるほどに聴いた。だれか大事な人と接するとき、その人といる自分のことまで好きになれることもあるし、大事な人とうまくいかずに自分を呪ってしまいたくなることもある。出来れば常に前者が良いのだろうけど、そんなにネアカじゃない。向き合ってぶつかり合うこともあっていいけど、傷つける前にスッと離れる選択肢も持てるようになりたい。今はまだ持てていない。

youtu.be

 

・Cigarettes After Sex "CRY"

10代20代の恋愛のような歌詞が多いけど、歌声とメロディーが歌詞に関係なく泣かせてくる。切ないものは切ないのよ。これは最近も毎日聴いている。

youtu.be

 

この二つのアルバムが気に入りすぎてカセットテープも買った。移動中にイヤホンをつけない、が信条だったけど、電車内は許可することにした。そう、ヘッドフォンも買った。『君の名前で僕を呼んで』でエリオが付けていたのと同じSONY製の中古。ザラザラした音がして、極度にハイテク化された現代にあって得難い音だと思う。

 

泉鏡花『化鳥・三尺角』

本屋へ行くとほぼ必ず岩波文庫の棚を確認する。前回の帰省で金沢の本屋へ寄った時に、未読の鏡花の文庫を見つけたので買って帰った。絶賛入眠前の読書に読んでいる。

 

・ショクーフェ・アーザル『スモモの木の啓示』

存在は認知していたものの、マジックリアリズムはなぁ…と避けていた一冊。友人がとても面白いと勧めてくれたので読み始めた。いや、面白いです。マジックリアリズム経験がないゆえに難しく感じる部分もあるけど濃密なイランの話が書かれている。

 

・観たい映画

『英雄の証明』最近イラン映画を追えていないので…。

陽炎座』鏡花の「陽炎座」は未読だけど、むしろ「春昼」「春昼後刻」が色濃く反映されているらしい。

『さらば、我が愛/覇王別姫』来月渋谷Bunkamuraでスクリーンでの特別上映があるとのこと。

 

 

 

仕事以外の出来事がたくさんあったので文量がえらいことになってしまいました。買い物の記録も載せたかったのですが、それは来月にまとめて…。どうですか、新緑の時期に彼岸へ連れ去られずにいましたか。新しく花の名前を覚えたりしましたか。波の音は聴けましたか。雨が降ってきたら雨の空を愛でようね。頭が痛いときはご自愛してね。もうすぐ布団からタオルケットに変わる頃ですね。ホダー・ネギャフダール。

 

去年もニセアカシアの話をしています。

meigukhnm.hatenablog.com